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長野県YH協会





若旅★インタビュー

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信州ツーリズム情報局 
信州全20軒のユースホステルオーナー(マネージャー)が、旬の旅情報をお届け! 季節の話題、イベント情報はもちろん、ユースホステル運営にまつわる、生活感たっぷりの(笑)奮闘記も綴って参ります
野沢温泉のオキテ
日本を代表する温泉地のひとつ、野沢温泉。

中尾の湯

13か所の外湯があって、湯めぐりもまたのしいものです。

しかしよく聞かれることに


野沢のお湯は熱すぎる


たしかに少し前まではそうでした。

源泉温度が50度以上あって、普通の人にはとてもは入れたものではありません。

熱いのでついつい水道のじゃぐちをひねって水で埋めたくなるわけですが、それに対して強い拒否反応を示す地元住民も少なからずいらっしゃいまして、観光客との間のトラブルに発展することも頻繁でした。



実際、今から10年以上前、ウチのお客さんをお連れしたところ、その方があまりの熱さに水を加えたところ、ひどく叱られたというケースがありました。

掛け湯もしないから熱いのです。
しっかり掛け湯すれば絶対に入れます。

地元の人はみなそう言います。

最近では外国人も増加し、以前にもまして外来の観光客の利用が激増しました。

いよいよ、「掛け湯もしないから熱いのだ!」では片づけられなくなってきまして、浴場のほとんどに、常時地下水を注入する特設蛇口が設置されました。


熱湯とぬる湯の隔てる壁が、ずいぶんと熱湯寄りに移動し、ぬる湯スペースが拡張された外湯もあります。

左 熱い湯 右 ぬる湯


それでも熱湯文化は野沢温泉の伝統文化でもあり、それを知ってもらおうとラミネート加工された案内書(説明書)が置かれる外湯も目立つようになりました。


時代と共にスタイルが変化するのはやむを得ませんが、伝統文化の保全と観光客へのおもてなしという相反する要因をなんとかして埋めていこうとする野沢温泉村民の苦労。

大切に使わせてもらっている

そうした意識は決して忘れてはイケマセンね。



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夏になると必ず話題に上る北限のユースホステル
北限のユースホステルといえばやっぱり礼文島桃岩荘。

毎晩繰り広げられる「ミーティング」はもはや伝説となっています。

泊まったこともないのに

「あそこはちょっと」
「好き嫌いが分かれる」
「行くには勇気がいる」

などと評されることも少なくありません。
実際ウチで泊り合わせたお客さんに「行ったことがありますか?」とお尋ねすると

ない

と答える方が少なくありません。

私は4年前に行きました。

大きな感動を覚えました。あの踊りの輪に100%馴染んでいたかどうかは定かではありませんが、あの演出は間違いなくユースホステル無形文化財と言っても過言ではありません。

もちろん自分の宿でも導入したいなどということは天地がひっくり返ってもありません。

しかし、礼文島の最果ての崖の上に立つ、秘境宿においてあの演出は大いにアリです。
車の通う道の先に存在する宿としては、おそらく日本国中で最も俗世間から隔絶された宿であることは間違いなさそうです。それは沖縄八重山の離島のどんな宿をもってしても敵わないのではないかと思われます。

桃岩荘のミーティングを仕切るヘルパーは、もはやヘルパーなどという生易しいものではなく、タレントであり舞台俳優同然です。
一挙手一投足がすべて全力投球の彼らの立ち振る舞いは、実に感動ものです。

大の大人であってもTDLに一歩踏み入れると、魔法にかかるのと同じく、多くの泊り客は桃岩荘の魔法にかかるのです。
魔法にかからないひともいますが、TDLと同じで、魔法にかかった人の方がより一層とその世界を楽しむことが出来ます。

桃岩荘のミーティングは動画撮影禁止です。
それもそのはず、あのパフォーマンスは単なる大騒ぎではなく、立派なステージショーだからです。

やはりあのユースホステルは守るべき無形文化財です。

1990年代初頭、日本のYH界は施設のグレードアップに躍起になった時代がありました。
何はなくとも施設の高級化を目指そうという気運でした。

しかしそれがかえってYH没個性を助長したような気がします。

YHは施設の充実度を売りにする宿泊施設ではありません。
泊まって楽しい、フレンドリーさこそがYHの生命線。

風呂がない、シャワーしかない。
狭い部屋に2段ベッドを押し込んだ、古民家改造の「ゲストハウス」が、トリップアドバイザーで90%以上の満足度を得るような時代です。
設備がイイのに越したことはありませんが、YHが目指すべきはソフト。その宿の唯一無二の何かをしっかり見出す必要があるとつくづく感じる今日この頃。

幸いこの8月は昨年よりも予約のペースが好調です。消費税増税の影響は全く感じられません。
このまま突っ走りたいですね~(^_^)



新幹線が飯山にやってきました
待ちに待った北陸新幹線新形車両が飯山にやってきました。



抽選で500人が歓迎セレモニーに参加できるイベントが昨日開催。
不覚にも応募すらしなかった我が家ですが、せっかくだからとお客さんを送り出しあと、飯山駅西北の高台の駅を見下ろせる場所に出かけてみました。



列車がやってくるのは10時30分から11時の間とのことで、到着した9:40はまだ人影もまばら。



しかし次第にその数が増えていき、10時半過ぎには30人くらいに膨れ上がりました。



そして11時過ぎ、飯山城南中学校の吹奏楽部による「銀河鉄道999」の演奏が始まると、12両編成のW7系が警笛を鳴らしゆっくりと入線。
信州最北の山村にテクノロジーの粋を集めた最新の新幹線。バックには母なる山「たかやしろ」。



来年三月以降は当たり前の景色になるわけですが、この日ばかりは新旧混在の違和感たっぷりの光景でありました。


何処が試算したのか、飯山駅の現在の一日の乗降客は550人。それが新幹線開通後は在来線、新幹線合わせて2600人になるそうです。
驚くべきことにこの数字は軽井沢、佐久平とほぼ同じ数字。

いくらなんでそれはないでしょうと非難轟々(?)ですが、果たしてどういった経済効果があるのか。

駅北側には立派すぎる立体駐車場が建設中ですが、そこまでパーク&ライドの需要があるのか?

たかが新幹線開通に、ちょっと浮かれすぎではとの声も聞かれる中、まだまだ不確定要素は少なくはありません。

観光関係者はしっかりと地に足をつけて、冷静に、客観的に戦略を立てていかなくてはなりませんネ。


ヘルパー制度の大転機
先日も紹介しましたが、今ユースホステル業界では「ヘルパー」が絶滅危惧種に向かってまっしぐらな感じです。

ブラック企業ならぬ、ブラックバイトなる言葉が登場し、かつては無償就労が当たり前だったヘルパー制度が労働基準法に抵触するとみなされるようになりました。

YH最盛期の1972年。宿泊料の上限は

1泊500円
夕食250円
朝食150円

でした。

当時の物価指数を調べてみますと

封書20円
地下鉄40円
かけそば150円
大卒初任給54000円
うな重700円
アンパン40円
食パン1斤55円
たまご158円
牛乳1L75円

これらの基準物価に照らしますと、当時のYHの利用料金は極めて低廉であり、どんなに稼働率を上げたところで、YH経営だけで利益を出し、生活することなど不可能だったということが明白です。
うな重一人前に200円プラスするだけで、2食付き宿泊が出来たのですから、その安さが際立つというものです。

YH運営はあくまで経営ではなく青少年の旅を助ける慈善事業だったということになります。

なので、多くの施設は旅館の一部をYHとして提供し、便宜を図る。そうしたスタイルが一般的でした。

労務者は当然(無償)ボランティアです。いわゆるヘルパーです。利益のないホステル運営を支えるのは、無報酬のヘルパーだったのです。

それから40年

ユースホステルの利用料金はおおよそ3500円。夕食は1200円、朝食は700円です。

1泊2食付料金で当時の6倍です。

当時の物価から比較して6倍にも跳ね上がったものはまず見当たりません。

牛乳 2倍
たまご 変わらず
かけそば 2倍
地下鉄 4倍
大卒給与 4倍
豆腐 2倍
食パン 3倍
映画 2倍

つまりYHが利益度外視の慈善事業から、立派なビジネスへと変化しました。

当時は兼業施設が圧倒していたのが、こんにちでは専業施設が大半です。
安いとされていた宿泊料金も安いビジネスホテルと同等かそれよりも高いケースも珍しくありません。

にもかかわらず、長らくYHのヘルパーは労働者ではなく、あくまでヘルパーでした。

現在、ヘルパーを雇わなければならないほどお客さんが沢山やってくるユースホステルは間違いなくしっかりした利益が出る構造になっています。

ユースホステルが安い料金でやっていけるのは「ヘルパー制度」のおかげなんです。

などと、無償労働者を正当化するホステルも存在しましたが、そうした逃げ口上はすでに過去の遺物です。

家族だけでは運営が回らないならば、そこは立派な高収益ホステル。
儲かっているなら、ちゃんとバイト代を払いなさい。

そういう時代になりました。

あ。ウチは中学1年の息子と小学4年の娘がヘルパーです。家族ですからもちろん無報酬。

「手伝いはやって当たり前」

いやな顔ひとつせず、今日もせっせと手となり足となり手伝ってくれています。

夏のシーズンが終われば、かっぱ寿司で慰労会ですよ(笑)